職域マップ2026-07-08 公開監修:山根一城(株式会社ポテンシャライト)

脱炭素・GXの新設ポジション — 実在する仕事の中身

「脱炭素の仕事に興味はあるんですけど、具体的に何をやる仕事なのか、実はよく分かっていなくて」

サステナ領域への転職相談で、これは本当によく聞く一言です。皆さま、正直に胸に手を当ててみてください。「GX推進」という求人票を見て、その人が朝出社してから夜退社するまでに何をしているか、具体的に3つ挙げられますか。挙げられないまま「なんとなく良さそう」で応募すると、面接の最初の5分で見抜かれます。脱炭素の仕事は、理念で採る職種ではなく、実務で採る職種になりました。今日は、実在するポジションの中身を、求人票の言葉ではなく現場の言葉に翻訳します。

先に全体感を数字で置いておきます。政府は2023年に成立したGX推進法のもとで、今後10年で官民合わせ150兆円超のGX投資を掲げ、その呼び水としてGX経済移行債(いわゆるトランジション・ボンド)の発行を進めています(出典:経済産業省 GX推進戦略)。企業側では、GXリーグに賛同する企業が数百社規模で名を連ね、SBT(Science Based Targets)認定を取る企業も年々増えています。この「政策のうねり」が、そのまま企業の中に新しい椅子を作っている——これが脱炭素採用の正体です。理念が仕事を作っているのではありません。制度と資金が、仕事を作っています

0. 前提 — 求人票の「GX推進」は、5つの別々の仕事の総称

まず、いちばん大事な前提から。「GX推進担当」「カーボンニュートラル推進」という一つの求人票の裏には、実際には性格の違う仕事が同居しています。僕はこれを社内で「脱炭素の5レイヤー」と呼んで整理しています。①測る(算定)、②減らす(削減の実行)、③買う・売る(調達と取引)、④語る(開示と対外報告)、⑤つなぐ(推進・巻き込み)。この5つは、求められる経験も、向いている人も、まるで違います。求人票が同じ言葉で書かれているせいで、経理向きの人が巻き込み役に応募して落ちる、という不幸なミスマッチが起きています。今日はこの5レイヤーで話を進めます。ここが今回の隠れた主役です。

1. レイヤー① 測る — Scope3算定という「地味な主役」

脱炭素のすべては、まず「自社が何トンのCO2を出しているか」を測ることから始まります。ここを担うのが排出量算定の担当です。Scope1(自社の直接排出)、Scope2(購入した電気の排出)まではまだ楽で、本当の難所はScope3——原材料の調達から製品の使用・廃棄まで、サプライチェーン全体の排出です。GHGプロトコルという国際的な算定ルールに沿って、15のカテゴリを一つずつ拾っていく。取引先に排出データを問い合わせ、無ければ業界平均の原単位で推計し、根拠を残す。

率直に言うと、この仕事は華やかではありません。Excelとにらめっこし、原単位データベースを引き、取引先に頭を下げてデータをもらう。地味です。でも誤解がないように申し上げると、ここが崩れると、その上に積む削減目標も開示もすべて砂上の楼閣になります。だから測る人は、脱炭素の地味な主役です。向いているのは、経理・調達・生産管理でデータを扱ってきた人。「数字の出どころにこだわる几帳面さ」が、そのまま武器になります。僕の体感で言うと、この算定経験を1年でも積んだ人は、その後どのレイヤーにも横移動しやすい。測るは、脱炭素キャリアの入口として非常に強い椅子です。

2. レイヤー② 減らす — 「計画屋」ではなく「実装屋」が採られる

測ったら、次は減らします。ここには省エネ設備の更新、生産プロセスの改善、燃料転換といった現場の話が入ります。工場のユーティリティ(電気・蒸気・エア)を診断し、投資対効果を計算し、設備投資の稟議を通す。再エネへの切り替えも、この削減の一手です。

ここで採用側がいちばん警戒するのは、「きれいなロードマップは描けるが、現場で1トンも減らしたことがない人」です。パワーポイントの削減曲線は誰でも描けます。でも実際には、古い設備、稟議を通さない現場、投資回収年数のシビアな社内基準——この抵抗の壁を越えて初めて1トン減ります。だから減らすレイヤーで強いのは、設備保全・生産技術・エネルギー管理士のような、現場で汗をかいて数字を動かした経験のある人です。異業種からでも、製造現場でコスト削減や設備更新を主導した経験は、そのまま「削減の実装力」に翻訳できます。この翻訳の仕方は異業種からサステナ領域への転職の記事で詳しく書きました。

3. レイヤー③ 買う・売る — 再エネ調達(PPA)と排出量取引

3つ目は、電気とクレジットの取引です。ここは金融やエネルギー取引の色が濃い、専門性の高いレイヤーです。

3-1. 再エネ調達・PPA担当

自社の電気を再エネに切り替える方法には、非化石証書の購入、コーポレートPPA(発電事業者と長期の電力購入契約を結ぶ)などがあります。PPAは10年、20年の長期契約で、電力価格の変動リスクをどう配分するか、契約の中身が勝負です。ここで求められるのは、電力の知識と、契約・調達の交渉力の両方。エネルギー会社、商社の電力部門、あるいは購買・調達で長期契約を扱ってきた人が採られやすい椅子です。

3-2. 排出量取引・カーボンクレジット

日本ではGXリーグのもとで排出量取引制度(GX-ETS)が段階的に本格化に向かっています。企業が排出枠やJ-クレジットをどう扱うかを設計・運用する仕事です。目安として申し上げると、この領域はまだ人材が薄く、金融・商品トレーディングの素養がある人には希少性の高いポジションになりつつあります。ただし制度がまだ動いている最中なので、「確定したルールを運用する仕事」ではなく「変わり続けるルールを追い続ける仕事」だと理解して入るべきです。安定を求める人には、正直に言って向きません。

4. レイヤー④ 語る — 開示・IR・サステナビリティレポート

測って減らしたことを、投資家や社会に説明するのが開示のレイヤーです。ここはTCFD(気候関連財務情報開示)や、その後継として国際的に整備が進むISSB基準(IFRS S1・S2)への対応が中心になります。有価証券報告書へのサステナビリティ情報の記載も、上場企業では避けて通れなくなりました。

この仕事の本質は、「社内の断片的な数字を、外部が信じられる一つの物語にまとめる翻訳作業」です。算定チームの数字、事業部の削減計画、経営の方針を集めて、矛盾なく、かつ誇張なく書く。ここで一番嫌われるのは、実態より良く見せる「グリーンウォッシュ」の匂いです。IR・広報・経理でディスクロージャー(情報開示)に関わってきた人、あるいは監査法人・コンサルで非財務情報に触れてきた人が向いています。文章力と、数字の裏取りをする慎重さ。この2つを併せ持つ人は、開示レイヤーで長く重宝されます。この価値の話はESG専門人材の市場価値の記事に詳しく書きました。

5. レイヤー⑤ つなぐ — GX推進・巻き込みという「本丸」

最後が、いちばん求人票で目立ち、いちばん誤解されているレイヤーです。「GX推進」という言葉が指す本来の中心は、この「つなぐ」仕事——全社のGX戦略を描き、各事業部を巻き込み、経営に判断を仰ぎ、外部のコンサルや行政と連携する、いわばプロジェクトのハブです。

ここで採られる人の条件を、率直に言います。専門知識よりも、「利害の違う部署を一つの方向に動かした経験」のほうが効きます。生産部は投資を渋り、営業部は納期を優先し、経営は数字を求める。この綱引きの真ん中に立って、全員が少しずつ折れる着地点を作る。これは、事業企画・経営企画・PMO・全社プロジェクトのリードをやってきた人の筋肉です。だからGXコンサル(アクセンチュア、ブーズ、各シンクタンク、専門ブティックなど)でも、純粋な環境知識より、プロジェクトを回し切る力のある人が前線に立っています。

ひとつ言い切っておきます。脱炭素の一番の椅子は、環境オタクの椅子ではなく、調整と実行のプロの椅子です。環境の知識は入社後にいくらでも積めます。でも、部署を動かす力は一朝一夕には身につきません。だからこそ、異業種の推進経験者にこそチャンスがあるレイヤーなのです。

6. 実務パート — 自分がどのレイヤー向きかを30分で見極める

ここまで読んで、「で、自分はどこを狙えばいいのか」と思われた方へ。白紙のメモを1枚用意して、30分で次の3つを書き出してください。

この3行が書けたら、あなたの脱炭素転職の準備は半分終わっています。5レイヤーのどれも「環境が好き」だけでは入れません。でも、あなたが今までやってきた仕事のどれかは、必ずどこかのレイヤーに翻訳できます。

(結論)脱炭素の椅子は、理念ではなく制度が作っている

まとめます。①「GX推進」は測る・減らす・買う売る・語る・つなぐの5つの別々の仕事の総称。②測る(Scope3算定)は地味だが入口として最強。③減らすは計画屋でなく実装屋が採られる。④開示は数字を物語に翻訳する慎重さが要る。⑤最大の椅子「つなぐ」は環境知識より部署を動かす力で決まる。

脱炭素の仕事は、150兆円の投資と、GX推進法という制度が具体的に作っている実在の椅子です。理念で語る時代は終わりました。皆さんいかがでしたでしょうか。自分がどのレイヤー向きか、まずは15問の適性診断で現在地を測ってみてください。では今日もがんばりましょう。

監修:山根 一城(株式会社ポテンシャライト 代表)

IT人材業界20年、ギークリー創業を経て現職。個人として通算4,200名のキャリア面談を実施してきた経験に基づき監修しています。本文中の年収・難易度等は独自ガイドの目安値であり、個人の経験・企業により変動します。

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