異業種からサステナ領域へ — 5つの現実的な入口
「サステナに関わる仕事がしたいんです。でも、僕の経歴だと未経験ですよね」
この一言を、面談でどれだけ聞いてきたか分かりません。メーカーの生産技術、銀行のIR、コンサル、法人営業、市役所の職員。まったく違う経歴の方が、判で押したように同じ表情でこう言います。だから今日は、最初にひとつだけ、はっきり申し上げます。「サステナ未経験」という自己認識の8割は、経歴の読み違いです。皆さまの多くは、未経験ではなく、自分の経験をサステナの言葉に翻訳できていないだけです。
僕はこの、異業種の経験をサステナ文脈に置き換える作業を、面談で「サステナ翻訳」と呼んでいます。今日の主役はこれです。脱炭素もESGも、更地から専門家を育てている暇は企業にありません。だから彼らが実際に採るのは、「別の業界で培った実務を、サステナの現場に翻訳して持ち込める人」です。この記事では、代表的な5つの前職から、その翻訳の道筋——僕の言う「5つの入口」——を具体的に開いていきます。
0. 前提 — なぜ今、翻訳が効くのか
まず、この数年で何が起きたか。2023年3月期から、有価証券報告書でのサステナビリティ情報の開示が事実上義務化されました(金融庁「企業内容等の開示に関する内閣府令」改正)。東証プライム上場企業には気候関連開示の要請がかかり、SSBJ(サステナビリティ基準委員会)の基準整備も進んでいます。つまり「やってもやらなくてもいい活動」から「やらないと開示できない業務」へ、位置づけが変わったのです。
もう一段大きな流れが、GX(グリーントランスフォーメーション)です。国は今後10年で官民あわせて150兆円超のGX投資を掲げています(GX実現に向けた基本方針)。これだけの資金が動けば、当然そこに人がいります。ただ、専門家の数はまるで足りていない。だから企業は隣接業界から翻訳可能な人材を引く。ここに、皆さまの経歴が刺さる余地があります。数字はいずれも国の公表値で、僕の作った数字ではありません。
1. 入口① 生産技術・品質から「現場を知る脱炭素」へ
メーカーの生産技術や品質保証の方は、実はいちばん翻訳の距離が短い入口にいます。脱炭素の実務の相当部分は、工場のエネルギー使用量の可視化、設備更新、歩留まり改善——要するに現場のカイゼンそのものだからです。CO2排出量は突き詰めればエネルギーとモノの使用量なので、原単位を改善してきた人の思考回路がそのまま効きます。
武器は「現場の数字を疑い、実際に動かして直した経験」。逆に足りないと見られがちなのは、開示のルール(Scope1・2・3という排出量の区分や算定の考え方)の知識です。ここは1〜2ヶ月あれば独学で埋まります。面談での翻訳の型は、「歩留まりを◯%改善した」を「その改善は排出原単位の低減でもあった」と言い換えること。あなたが積んできたカイゼンは、最初から脱炭素だったのだと気づくところから始まります。
2. 入口② 金融・IR・経理から「開示とファイナンス」へ
銀行・証券・事業会社のIRや経理にいた方は、まったく別の入口を持っています。サステナビリティ開示は、突き詰めれば非財務情報の開示です。有報に何をどう書くか、投資家にどう説明するか、監査に耐える数字をどう作るか——これは財務畑の方が長年やってきた作法と地続きです。ESG評価機関への対応やサステナビリティ・リンク・ローンの実務も、金融の言語が分かる人でないと回りません。
武器は「開示・監査・投資家対応の作法」。足りないと見られるのは、環境そのものの理解(気候変動のメカニズムや、なぜその指標を測るのかの背景)です。ここを軽く見て「数字は作れます」とだけ言うと、面接では手薄に映ります。翻訳の型は、「有報の非財務パートを、財務と同じ厳密さで作れる人間です」。開示が義務化された今、この一文は想像以上に強い響きを持ちます。
3. 入口③ コンサル・企画から「戦略とロードマップ」へ
コンサルや経営企画の方の入口は、脱炭素の「地図を描く」側です。2050年カーボンニュートラルという遠い目標から逆算して、いつ何をやるかのロードマップを引く。これは中期経営計画を作ってきた人の得意技です。論点を構造化し、部門を巻き込み、実行に落とす——この一連が、そのままサステナ推進部門の仕事になります。
武器は「構造化と巻き込みの推進力」。ただし、この入口には固有の落とし穴があります。きれいな絵だけ描いて現場が動かないパターンを、サステナ担当は死ぬほど見てきているのです。だから翻訳で足すべきは「現場に降ろした実行の話」。前職で戦略を作っただけでなく、現場と一緒に一つでも動かした経験を、必ずセットで語ってください。率直に言うと、この入口はいちばん人気で、いちばん見送りも多い。差がつくのは実行の生々しさです。
4. 入口④ 営業・事業開発から「サステナ事業開発」へ
法人営業や事業開発の方には、成長側の入口があります。サステナは規制対応(守り)だけでなく、脱炭素製品・再エネ・省エネサービスといった新しい市場(攻め)でもあります。ここは、顧客の課題を聞き、価値を翻訳して売る力がそのまま要る領域です。GX投資150兆円の多くは、最終的に誰かが売り、誰かが買うことで動きます。その「売る」を担える人は、実はまだ少ない。
武器は「顧客の言葉で価値を語り、受注まで持っていく力」。足りないと見られるのは、扱う技術やサービスの中身への解像度です。翻訳の型は、「◯◯業界で△△を売ってきた顧客理解を、脱炭素ソリューションに載せ替えます」。体感値で言うと、この入口はまだ競争が緩く、営業に自信のある方には狙い目です。
ひとつ補足すると、この入口の面接では「なぜサステナを売りたいのか」を必ず問われます。ここで「成長市場だから」だけで止めると、条件で選んでいる人に見えます。売ってきた商材への思い入れと同じ温度で、脱炭素という対象への自分なりの理由を一言添えられると、印象がぐっと変わります。営業は結局、自分が信じていないものは売れない仕事だからです。
5. 入口⑤ 公務員・エンジニアから「制度・技術の実装」へ
最後は、少し毛色の違う二つをまとめます。自治体職員や官公庁にいた方は、補助金・制度・地域の合意形成という、民間側が最も苦手とする実務を持っています。GX投資は制度と補助金の設計に強く依存するので、制度の裏側が分かる人は、事業会社でも自治体連携の現場でも重宝されます。一方、ソフトウェアやデータのエンジニアには、排出量算定・エネルギー管理・開示の各システムを作る側の入口があります。数字が増えれば、それを扱う道具が必ずいるからです。
公務員側の武器は「制度と合意形成の作法」、足りないのは事業のスピード感。エンジニア側の武器は「仕組みで解く力」、足りないのはドメイン知識です。どちらも、翻訳の一文は同じ骨格になります。「私は◯◯を作れる/回せる。その対象がサステナに変わるだけです」。誤解がないように申し上げると、対象が変わる、というのは決して小さな話ではありません。ただ、ゼロからの未経験でもありません。
6. 5つに共通する「最初の一歩」
入口は5つに分かれても、最初の一歩は共通です。ここだけは、順番も含めて言い切ります。
第一歩は、自分の職務経歴を「サステナの言葉」で3行に翻訳してみること。前職の実績を一つ選び、それがサステナ文脈で何に当たるかを、上の各入口を参考に書き直す。第二歩は、共通して足りないと見られる「開示ルールの基礎」を薄くでいいので入れること。Scope1・2・3という区分の意味、なぜ測るのか、その背景。ここは数週間で輪郭が掴めます。第三歩は、入りたいのが「守り(規制・開示)」か「攻め(事業・技術)」かを決めること。この二択で、見るべき求人も語るべき経験もまるで変わります。
実務としては、白紙のメモを1枚。左に前職の実績を3つ、右にそれぞれのサステナ翻訳を書く。所要時間は30分です。これができた瞬間、皆さまはもう「未経験」ではなくなっています。
(結論)未経験ではなく、未翻訳だっただけ
まとめます。①「サステナ未経験」の多くは、経験の翻訳ができていないだけ。②生産技術・金融・コンサル・営業・公務員/エンジニアには、それぞれ距離の短い入口がある。③どの入口でも、足りないのは開示ルールの基礎で、そこは短期で埋まる。④最初の一歩は、職歴を3行のサステナ翻訳に置き換えること。⑤守りか攻めかを決めると、進む道がはっきりする。
皆さまが持っている経験は、思っているより遠くまで運べます。運び方——翻訳の仕方——を知らなかっただけです。
皆さんいかがでしたでしょうか。まずは自分の現在地を、15問の適性診断で棚卸ししてみてください。では今日もがんばりましょう。
IT人材業界20年、ギークリー創業を経て現職。個人として通算4,200名のキャリア面談を実施してきた経験に基づき監修しています。本文中の年収・難易度等は独自ガイドの目安値であり、個人の経験・企業により変動します。