サステナビリティベンチャーの採用ニーズ — 資金が人に変わる瞬間
「調達したニュースは見たんですけど、そういう会社って、いつ、どんな人を採るんですか?」
サステナ領域への転職を考えている方から、僕が一番よく受ける質問のひとつです。皆さまも、気候テックのスタートアップが数十億円を調達した、という記事を目にしたことがあると思います。でも、そのニュースと「自分がいつ応募すべきか」の間には、意外と大きな距離があります。資金が入ることと、人を採ることは、同じ動きに見えて半年ずれます。今日はその半年のずれの中身を、採用の現場から分解してみます。
先に前提を共有します。日本政府はGX(グリーントランスフォーメーション)に今後10年で官民あわせて150兆円超の投資を見込むと公表し、スタートアップ育成5か年計画も動いています(いずれも内閣官房・経済産業省の公表資料)。世界的にも気候テックへの投資は、増減の波はありつつ中長期では拡大基調というのが各種調査の共通認識です。つまり、皆さまが今見ている「調達ニュースの多さ」は、一過性のブームではなく、政策と資本の裏打ちがある構造的な流れだと僕は捉えています。ここは体感ではなく、公表された方針に接地した話です。
0. 前提 — 「調達」と「採用」は別の生き物
まず、ひとつの誤解をほどきます。「調達したから、すぐ大量採用」——これはほとんど起きません。スタートアップの資金は、燃料であって、いきなり座席に化けるわけではないからです。調達直後の経営者がまず考えるのは、「この資金で、次のマイルストーンをどう越えるか」です。次の資金調達(次のラウンド)までに証明すべき数字があって、そこから逆算して、いつ・どの職種を・何人採るかが決まります。
この「資金が座席に変わっていく順番」を、僕は面談の中で「解凍の順番」と呼んでいます。凍った資金が、証明すべき数字の熱で少しずつ溶けて、採用という形になる。この順番を知っていれば、皆さまは「調達ニュース」ではなく「解凍のどの段階か」で応募のタイミングを測れるようになります。ここが今日の隠れた主役です。
1. 解凍の第一波 — 「作る人」と「証明する人」
シリーズAの前後、つまりプロダクトがまだ市場に刺さり切っていない段階で最初に解凍されるのは、プロダクトを作る人と、技術的な実現性を証明する人です。気候テックなら、素材・エネルギー・計測まわりのエンジニアや研究者。サーキュラー系なら、回収・再生のオペレーションを設計できる人。この段階の会社は、まだ「これは事業になる」と世の中に証明しきれていません。だから採用は少数精鋭で、一人が二役三役を担います。
ここで大企業からの転職者が誤解しやすいのが、役割の広さです。前職で「素材開発の一部」を担っていた方が、この段階のベンチャーでは「素材開発から、顧客への技術説明、たまに採用面接の同席まで」を任されます。狭く深くではなく、広く、しかし手を抜けない。僕の体感で言うと、この段階に向くのは、専門性はあるが「自分の専門の外側に足を出すのが苦ではない人」です。逆に、役割の線引きを厳密にしたい方には、この波はしんどい。率直に言うと、ここはスキルより気質のほうが効きます。
数字の目安を一つ。シリーズA前後の会社の従業員数は、僕が見てきた範囲だと十数名から30名前後が多い印象です(これは統計値ではなく体感の目安です)。この規模だと、あなたの一人の採用が全社の1割近い意思決定になります。だから面接も長く、深い。「なぜサステナなのか」を、経歴ではなく動機で問われます。
2. 解凍の第二波 — 「売る人」と「回す人」
プロダクトが少し刺さり始め、シリーズBが視野に入ってくると、解凍の第二波が来ます。ここで一気に増えるのが、売る人(事業開発・営業)と、組織を回す人(人事・経理・オペレーション)です。第一波で「作れる」を証明した会社が、次に「売れる・広げられる」を証明しにいくフェーズだからです。
この第二波は、実は大企業出身者にとって最大のチャンスの窓です。理由は単純で、ベンチャーは「売る仕組み」と「回す仕組み」を作った経験のある人を、社内で育てる時間がないからです。あなたが前職の大企業で当たり前にやっていた、与信管理・契約審査・大口顧客との折衝・チームのオンボーディング設計。これらは、急拡大するベンチャーにとって喉から手が出るほど欲しい「型」です。僕はこの構造を、転職相談で何度も見てきました。大企業で退屈だと思っていた仕事ほど、ベンチャーでは希少価値になる。これは覚えておいて損はありません。
ただし、二役に分けて注意点を書きます。2-1. 売る人の落とし穴:大企業の営業は「看板で売る」部分が大きい。ベンチャーには看板がありません。実績のない製品を、ミッションと熱量で買ってもらう営業ができるか。ここが分かれ目です。2-2. 回す人の落とし穴:大企業の管理部門は「決まったルールを運用する」仕事。ベンチャーには運用すべきルールがまだありません。ルールを「作る」側に立てるか。既存の仕組みを回すのが得意な方ほど、ここでつまずきます。
3. 解凍の第三波 — 「深める人」と「束ねる人」
シリーズC以降、事業が複数本立ちになってくると、第三波が来ます。ここでは、特定領域を深掘りする専門人材(規制対応、サステナビリティ情報開示、サプライチェーン管理など)と、部門を束ねるマネジメント層が解凍されます。会社が「大人」になり始める段階です。
この段階のベンチャーは、待遇も組織も、大企業にだいぶ近づきます。だから「ベンチャーに行きたいが、生活の安定も欲しい」という方には、第三波が現実的な入り口になることが多い。僕の体感の目安ですが、この段階になると年収レンジは大企業と遜色ない、あるいはストックオプション込みで上回るケースも出てきます(会社と個人により大きく変わるので、あくまで目安です)。年収の話はサステナ転職の年収リアルの記事で詳しく書きました。
4. 大企業からの転職者に、本当に期待されること
ここまで波ごとに見てきましたが、全フェーズに共通して、大企業出身者に期待されることを一つに絞るなら、それは「翻訳」です。大企業の作法と、ベンチャーの速度。この二つの言語を、両方わかる人が決定的に足りていません。
具体的に言うと、大手クライアントが求める品質基準・コンプライアンス・稟議のリズムを理解したうえで、それをベンチャーの現場に無理なく落とし込める人。あるいは逆に、ベンチャーの荒削りなプロダクトの価値を、大企業の意思決定者にわかる言葉で説明できる人。サステナ領域は特に、大企業が顧客であり規制の主体でもあるので、この翻訳能力の需要が高いと僕は感じています。ESGの専門性そのものより、この翻訳力のほうが評価される場面を、僕は何度も見てきました。専門性の話はESG専門人材の市場価値の記事に譲ります。
誤解がないように申し上げると、大企業の作法をそのまま持ち込むのは逆効果です。稟議のリズムを再現しようとして煙たがられる、というのはベンチャーでよく聞く失敗です。持っていくべきは作法そのものではなく、作法の「なぜ」の部分。ルールの背後にある目的を理解している人だけが、翻訳者になれます。
5. 実務パート — 応募前に「解凍段階」を3分で見立てる
最後に、今日からできる手順を書きます。気になるベンチャーを見つけたら、白紙のメモを1枚用意して、3つだけ調べてください。所要時間は3分です。
①直近の調達フェーズはどこか(プレスリリースやニュースで、シード/シリーズA/B/C以降のどれか)。②今出ている求人の職種の重心はどこか(作る人中心なら第一波、売る人・回す人が増えていれば第二波、専門職・管理職が出ていれば第三波)。③その会社が次に証明しようとしている数字は何か(採用ページや代表の発信から読み取る。売上か、導入社数か、技術指標か)。
この3つが埋まると、あなたがその会社の「どの波」に応募しようとしているのかが見えます。そして、自分の経験がその波の期待と合っているかも判断できます。合っていない波に飛び込むと、能力ではなくタイミングで苦労します。逆に、波さえ合っていれば、大企業出身のあなたの経験は、想像以上に強い武器になります。
(結論)ニュースではなく、解凍の順番で動く
まとめます。調達と採用は半年ずれる。資金は「作る人→売る人・回す人→深める人・束ねる人」の順で解凍される。大企業出身者の最大の武器は専門性そのものより「翻訳力」。応募前に、その会社が今どの波かを3分で見立てる。
サステナ領域は、政策と資本の裏打ちがある構造的な成長分野です。だからこそ、勢いあるニュースに反応するのではなく、解凍の順番を読んで、自分の波で入る。それが、遠回りに見えて一番早い道だと僕は思っています。
皆さんいかがでしたでしょうか。まずは自分がどの波に向いているのか、現在地の棚卸しから。15問の適性診断をどうぞ。では今日もがんばりましょう。
IT人材業界20年、ギークリー創業を経て現職。個人として通算4,200名のキャリア面談を実施してきた経験に基づき監修しています。本文中の年収・難易度等は独自ガイドの目安値であり、個人の経験・企業により変動します。